2008年08月16日

消えていく町

蝉時雨が喧しい八月の昼下がり。仕事のため、色も褪せてきた10年ものの愛車に鞭をくれてたどり着いたのは、山あいの小さな集落だ。

ペンキの剥げかけた白い看板には、かろうじて山田モータースと書いてあるのが読める。工場の入り口付近に置かれた水色の故障車は、もう何年も前からそこにあるように、静かに蝉の声を聞いている。
小さな穴のあいた天井から漏れてくる真夏の日差しは、ゆらゆらと動く埃の粒を細い柱にして、あちこちに落としている。大きなドラム缶や塗料缶が並ぶこじんまりとした工場を通り抜けると、奥に詰所がある。詰所にクーラーはなく、扇風機が小さなうなりをあげている。六十歳間近に見える店主の顔は、都会のような高層建築に邪魔されることもなく落ちてくる強い太陽の光を受け、浅黒い肌に刻まれた皺は深い。

「毎年毎年暑くなりますねぇ」
すすめられた椅子に腰掛け、世間話をしながら店主に依頼された書類を渡し、ひととおりの説明をする。
「最近は何か変わったことでもありませんか。景気はどうですか?」
「景気なんどよかもんな。“いざなぎ”じゃっか“いざなみ”やっか知らんどん、どっか都会の一握りんしが儲けただけやったろだい」
「あぁ、そうですねぇ。景気が良くなった実感なんか地方ではなかったですねぇ」
「何年前からじゃったか、町内で使える割り引き付きの商品券を出しちょったたっどん、市町村合併をしたどがな。大きな市の一部になったら、あっちには大型スーパーやらコンビニやらあっで、もう誰もこげな小さな町では商品券なんど使わんど。おいげぇん店もいつまでもったろかいち心配しかたよ」

店主は、昔ながらのラムネ瓶の色のような、透ける深緑のコップに麦茶を注ぎ、差し出す。クーラーのない詰所の空気の中では、その冷たさが喉から体中に沁み込んでいく。
「そいと、七夕祭りがなくなったねぇ」
「七夕祭り?」
「毎年ねぇ、商店街で準備して、やっちょったと。金魚すくいとかワタアメとかリンゴ飴とか・・・子供たちはタダにしてなぁ。小さな花火大会もやっちょった」
「じゃあ、子供たちはお祭りがなくなって残念でしょうね。でも、タダだったらお祭り自体は赤字ですねぇ」
「じゃっと。大人が買うビールなんどはお金をもろたたっどん、そいばっかいじゃ黒字にはならんどなぁ。子供も残念じゃろどん、ばあさんやじいさんはもっと残念よ」
店主も自分のコップに麦茶を注ぐ。
「なんでんよかで、小さなイベントでもあればなぁ、ばあさんやじいさんが孫を呼んがなっとにな。七夕祭りがあっど、花火があっど、遊んけ来んな・・・ちな。・・・ないもなか、もう、こん町にはないもなかと・・・」


わたしのばあちゃんは、仕事で訪れたこの集落から車で30分ほど離れた町に住んでいた。一時は県内でも有名な花火大会が開催されていた町だったが、その花火大会も今はない。子供も孫も年を重ねるごとに、田舎を訪れる回数は減っていく。

じいちゃんが死んだとき、霊柩車が視界から消えても、ばあちゃんは泣きながらずっと手を振っていた。門柱のゴツゴツとした石垣を、皺だらけの右手で、爪が剥がれるのではないかと心配するくらい力を入れて掴み、本当の身長の半分くらいに曲がった腰を精一杯伸ばして、左手を振り続けた。

お盆やお正月にばあちゃんのうちに行くと、帰りは必ず、じいちゃんが死んだときのように門柱のところで左手を振ってくれた。
「事故をせんようにね。峠道で飛ばしなさんなよ」と言って、車が見えなくなるまで見守っていた。もしかしたら車が視界から消えても、しばらくは手を振っていたのかもしれない。いつの日にか、孫や子供たちが帰ってこなくなることを恐れるように。これが最後にならないようにと、祈るように。
バックミラーの中で小さくなっていくばあちゃんの姿を見るのは、何度経験しても切なく悲しかった。ばあちゃんの体が動かなくなり療養所に入るまで、それは続いた。


あちこちの消えていく町で、ばあちゃんとじいちゃんは、黙っていろんなものを諦めていく。商店街で買い物をすること。歩いて病院に行くこと。孫と花火を見ること。家族に見守られ家で死ぬこと。


コップの麦茶を飲み干し、店主に暇乞いをして、集落をあとにした。そのままズルして30分走り、今は亡きばあちゃんの住んでいた町に向かった。花火大会が開かれていた湖には、ホテイアオイの薄紫の花がたくさん咲いていた。
もう少し、ばあちゃんのとこに行ければよかった。最後にばあちゃんと花火を見たのはいつだったか・・・。湖面を彩る水中花火。打ち上げ花火が描く大輪の菊の花。暗闇の中を照らす赤や黄や緑の光。間髪いれずに響く花火の音・・・。
でも、この小さな町にも、もう何もない。

お盆だ。ばあちゃんは、どこに帰ってきただろう。子供たちが迎え火を焚く都会ではなく、やはりこの小さな町に帰ってきただろう。ホテイアオイの揺れるこの町に。


♪歳と共に誰もが子供に帰ってゆくと
♪人は云うけれど それは多分嘘だ
♪思い通りにとべない心と 動かぬ手足
♪抱きしめて 燃え残る夢達
♪さまざまな人生を抱いた療養所は
♪やわらかな陽溜りと かなしい静けさの中
(療養所 by さだまさし)


追記:山田モータースは仮名です。


posted by 404 at 21:23| Comment(5) | TrackBack(0) | 歌交じりの日々雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ばあちゃんの住んでいた町、それは
F町ではありませんか?
私は、その近くのK市(今は
MS市と名前を変えましたが)出身
ですので、花火大会を小さい頃に
見たことがあります。
あの界隈では大きなイベントだった
と記憶しています。
Posted by ムーン at 2008年08月19日 10:04
そうそう、そうですよ。で、わたし、生まれはそのK市です。だってF町には今も昔も子供を埋める・・・すげぇブラックな変換だ・・・子供を産めるような病院はなかったような・・・。んで、小学1年生までF町に住んでいました。K市には親戚がいるので、たまに行きますよー。かぼちゃラーメンが気にかかる今日この頃・・・。
Posted by 404 at 2008年08月19日 21:55
そうでしたか、同胞(←中国的発言だ^^;)だったのですね!私と同じ産婦人科だったりして・・。ちなみに私はK病院でした(K病院でわかるのかいな?)
かぼちゃラーメンってどうなんでしょうね?! 私的には、かぼちゃがそんなに得意ではないので、食指が伸びないのですが(ーー;)
Posted by ムーン at 2008年08月20日 15:33
そうそう!あっしもK病院ですよ!。うちら、もう朋友ですね(←ますます中国的発言)。
かぼちゃラーメンは、インスタント生めんのは食べたことがあるのですが、正直言ってかなりイマイチ。添付のかぼちゃペーストを入れない方がうまかったです。で、今度はちゃんとしたお店のが食べてみたいんですよねぇ。
ちなみに類似品というか先発隊のまぐろラーメンはうまいですよ、意外と。
Posted by 404 at 2008年08月20日 21:42
おぉ!K病院だったのですね(^_^)v
その頃、メジャーだったのでは
ないでしょうか・・。
「まぐろらーめん」けっこうイケますよね。ラーメンの後のスープにご飯をいれて
ぞうすいちっくにしている食べ方を
みて、「それもイキ!だと
思いましたし(^_^)v
Posted by ムーン at 2008年08月25日 11:43
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